―――そしてその瞬間、俺は文字通り、目の前に広がる
美しい光景に釘付けとなった。

窓から漏れる陽射しの中で、悠然とその瞳を閉じながら
流れるように鍵盤へと指を落とす少女の姿―――

それは、さながら幻想世界に住む妖精達の演奏のようで
……聴く者全てを惑わす人魚の歌声を連想させるほどの
景色だった。

ただそこにいるだけでも存在感を放つであろう完成された
雰囲気を感じさせる容姿に、真にピアノを愛している事を
解らせる微笑みを乗せ、彼女は指を滑らせていく。

旋律と一体化している錯覚すら覚えるほどに、流麗にして
華麗なその姿は、ただただ純粋に“美しい”と表現するに
相応しかった。

【紅葉】
「かいちょ~! 今日もお昼食べに来たよ~」

【綾音】
「―――……」

【零二】
「……っ」

演奏を止められて初めて、自分が息をするのすら忘れて
いた事に気づき、大きく息を吐く。

【綾音】
「相変わらず、 演奏者の機微 (brillante)を理解してくれないのね
貴女は……」

【紅葉】
「そんなの、お昼時に私達が来るの知ってて弾いてる
かいちょーが悪いんじゃん」

【綾音】
「紅葉はもう少し、優美でお淑やか(grazioso)な言動をするべき
だと言っているのよ。女の子として、ね」