【苺】
「怯えておるレディに対して、そいつは少々やりすぎでは
無いかのう?」

【卿介】
「…………ッ!?」

警戒していたはずの卿介が、まるで気配を感じなかった
背後からの声に、反射的に振り返る。

【苺】
女子(おなご)をお持ち帰りしたいのならば、もっと紳士的に
 エスコートするよう心がけるのじゃな」

【苺】
「見知らぬ男に、獣のような目で襲われて悦ぶ女性は
 そう多くは無いしのう。かっかっか!」

そこにいたのは、一見すると幼い子供のように見える
正体不明の女だった。

高嶺病院を囲む林の中―――蒼い暗がりの向こうから
気配無く現れた彼女は、自分の殺気に微塵も動じずに
軽く受け流しながら、軽口を叩いていた。

【真田】
「…………」

最初に目を引いたのは、彼女の異様な風体。

黒づくめの服に、三角帽子と外套を羽織ったその風貌は
例えるならば、そう―――“魔女”だった。

卿介が潜って来た数々の修羅場から得た、長年の経験が
彼女に何の脅威も抱かせない相手であることを語る。

にもかかわらず、警戒していた自分の背後を取っていた
事実や、殺気を受け流す熟練者の気配を思わせる矛盾を
内包する未知の相手に相応しい呼称だろう。

【少女】
「…………っ!!」

襲撃者が二人に増えた恐怖からか、はたまた卿介の目が
新たな闖入者に (ちんにゅうしゃ)釘付けになったのを幸いと見たのか……

先ほどまで (うずくま)っていた少女は、震える足を奮い立たせて
脱兎の如く駆け出した。

【卿介】
「…………」

幾秒の迷いを経て、眼前の魔女を警戒する事を選んだ
卿介は、逃げ出した彼女から意識を外し、その場へと
佇み臨戦態勢を維持していた。

【苺】
「おりょ? 行ってしまったぞ、追いかけんのか?」

【卿介】
「…………」

【苺】
「なんじゃなんじゃ、お主……無口な奴じゃのう」

あまりにも未知数の相手を前に、卿介はその姿勢を貫く。

この期に及んで自分の命は惜しくない。だが、もしも
自分が倒れたら、陽菜子が―――

そう考えた瞬間、卿介は未知なる危険(リスク)を無視しない事を
選んでいた。

今、この場で少しでも未知の危険を減らすため、卿介は
謎の魔女という存在を見極める決意を固める。

【苺】
「さて―――あのお嬢ちゃんには逃げられてしまった
 ようじゃしのう。まずは、お主に尋ねるとするかの」

【卿介】
「…………」

苺の投げかけた言葉に、卿介は無言の威圧で返事をする。

【苺】
「う~む……そう殺気立たんでも、捕って喰おうなどとは
 思っておらんから、安心してもらって構わんぞ?」

【苺】
「実は人を探しておっての―――お主の知っておる情報を
 教えてもらいたいだけじゃ」

【卿介】
「…………何者だ」

無言を貫いていた卿介が、初めて魔女へと問いかけた。

【苺】
「そやつか? そやつは、私の知り合いでの―――」

【卿介】
「探している相手の事では無い」

【苺】
「とすると、もしかして私のことを尋ねておるのか?」

【卿介】
「…………」

【苺】
「そうか、自己紹介がまだじゃったな。私の名は苺。
 相楽 苺じゃ」

【苺】
「とっても素敵な、魔法使いのお姉さんと呼んでくれても
 構わんぞ?」

どこまで本気なのか、かっかっかと笑い飛ばしながら
自己紹介を行った苺を、卿介は変わらず警戒する。

やはり 只者(ただもの)では無いと捉えるべきか―――卿介の抱く
迷いは、次の一手によって、その答えを得た。