【零二】
「ん……?」
そう思い踵を返そうとした俺の視界に、見慣れた彼女の
姿が写った気がして、後ろを振り返る。
【零二】
「あれは――――――美樹……?」
振り向いたそこには、綺麗な長い髪をなびかせながら
眩しい笑顔を見せる、美樹の姿が在った。
【美樹】
「―――あれ、零二……?」
そんな俺の視線に気づいて、美樹は心地よく耳に残る声で
俺の名を呼ぶ。
【零二】
「…………よお」
【美樹】
「やっぱり零二だ……」
【美樹】
「どうしたの、こんな所で? 今日は休みだって聞いてた
から、心配してたのに……」
【零二】
「……ちょっとな。サボってただけだよ」
本人は何気なく言ったのだろうが、俺の事を心配していた
というその一言が、どうしようもなく嬉しかった。
【零二】
「お前こそ、どうしたんだ? たしかお前の家は、ここ
から正反対だったはずだけど……」
【美樹】
「あは、私はお仕事中だよ」
【零二】
「お仕事、って……バイトだろ?」
【美樹】
「うん。零二は知らないかもしれないけど、これでも
看板娘って言われてるんだから」
【零二】
「……で、その看板娘がこんなところで油売ってても
いいのかよ?」
【美樹】
「ん……いいんじゃないかな。もうすぐお仕事終わる
時間だし」
【零二】
「いいのかよ、バイトがそんな事で……」
【美樹】
「冗談だよ。今のは、零二の姿が見えたから、思わず
抜け出してきちゃった、その言い訳なんだけどね」
【零二】
「……おいおい……」
【美樹】
「それに普段は真面目に働いてるから、いいの」
【美樹】
「せっかく零二と会えたんだから、少しくらいのおサボは
大目に見て貰わないとね」
【零二】
「ったく……相変わらず現金だな、お前は」
呆れながらも、悪い気はしない。
【美樹】
「……あ、そうだ! 病気じゃなかったんなら、この後
どこか遊びに行かない?」
【零二】
「え?」
思いついたかのように切り出した美樹の言葉に、俺は
思わず間抜けな返事をしてしまう。
【美樹】
「いいでしょ? 私、もうすぐ仕事終わるから。ね?」
【零二】
「いや、まあ……いいけど」
上目遣いで笑いかける美樹に、俺は思わずそう答えて
しまった。
【美樹】
「よかった。それじゃ、少しだけ待っててね」
【零二】
「あ、お、おい……」
嬉しそうにクルリと回り、美樹はそのまま戻っていって
しまった。
【零二】
「……ったく、忙しいやつだな」
俺はため息をつきながら美樹の後を歩き、彼女のバイトが
終わる時間を待つ事にした。