そこにあったのは、袋いっぱいのパンを胸に抱え、嬉し
そうにこちらに向かって走ってくる鈴白の姿だった。
【零二】
「すごい量だな……もしかして気を遣って、俺達の分まで
買ってきてくれたのか?」
【紅葉】
「さ~てね。あの子に限ってそんな事はないと思うけど」
里村は目を細めて、冷ややかな笑みを浮かべている。
……どういう意味だ?
【零二】
「あ、食べた」
待ちきれなかったのか、鈴白は袋の一番上にあったパンを
はむりとくわえた。
【紅葉】
「あ~あ、見てらんないわね……ちょっと、からかって
あげよっと」
そう言って、里村は邪悪に笑って鈴白の前に飛び出した。
【紅葉】
「な~ぎさっ」
【なぎさ】
「はうあっ!? も……もみりっ!?」
俺達の存在にようやく気付いたのか、鈴白が口にパンを
くわえたまま目を丸くした。
【紅葉】
「見~た~わ~よ~。こんな天下の往来で立ち食いなんて
ちょっとはしたないんじゃない?」
【なぎさ】
「ち、違うよ!? これは違うんだよ!?」
【なぎさ】
「ただ、このクリームパンが私に食べてもらいたそうに
してたから……」
【なぎさ】
「わ、私もほんのちょっぴりお腹が空いてたし……一口
だけなら食べてあげようかな~、なんて……」
【零二】
「なんだ、何一つ違う事ないじゃないか」
【なぎさ】
「うぅっ! よ、芳乃くんまで……」
ようやく観念したのか、鈴白は眉をひそめて照れくさ
そうに笑みを浮かべる。
【なぎさ】
「あ、あはは……新製品のこくまろミルククリームパンが
あんまりにも美味しそうで……つい、ね」
【紅葉】
「何が“つい”よ。ばっちり立ち食いしてたんじゃない」
【零二】
「まあまあ、あんまりイジワル言うなよ。せっかく鈴白が
俺達の分まで買ってきてくれたんだから」
【なぎさ】
「え? あ、あー……あはははは……」
【零二】
「……? なんだ、違うのか」
鈴白が誤魔化すように笑う。
袋にはクリームパンだけでなく、あんパンや三色パン……
メロンパン(心なしか、甘いものに偏っている)なんかが
大量に詰められているのだが。
【紅葉】
「期待してるんだったらムダだよ、れーじ」
【紅葉】
「なぎさったら、このパン全部一人で食べちゃうつもり
なんだから」
【零二】
「なん……だと……?」
【なぎさ】
「も、もう、紅葉ぃ~」
里村の暴露に“バラさないでよ~”とばかりに照れ笑い
する鈴白。
だが待って欲しい。鈴白の胸に抱えられた袋はギチギチに
張り詰め、今にも破れてパンが飛び出してきそうだ。
……これを全部、一人で食べようというのか?
【紅葉】
「……いちおー弁護しておくと、なぎさは剣道部だし
お腹が空くのはしょーがないよ」
【零二】
「いや、もはやそんなレベルでは済まされない気が……」
【なぎさ】
「そ、そうそう! 私、他の女の子より筋肉があるから
ちょっとだけ体重が多いのもしょうがないんだよ」
【零二】
「(聞いてないのに……)」
言えば言うほど墓穴を掘る鈴白だが、その件に関しては
つっこまないほうがきっとここにいる全員のためだろう。