【零二】
「(あれ……? 鈴白の奴の姿が見えないな)」
剣道部に着いたはいいが、辺りを見回しても鈴白の姿は
なかった。
【零二】
「(ああ、そういえば、今日練習試合だとか言ってたな)」
今朝、鈴白が言っていた言葉を思い出す。
【零二】
「(鈴白は試合に出てないのか?)」
踵を返して、その場を後にしようとした時―――
【???】
「―――はっ!」
剣道場の裏手から、気合の乗った掛け声が聞こえた。
【零二】
「(あれは……鈴白か?)」
【なぎさ】
「やっ!」
そこには、一心不乱に竹刀を振り続ける鈴白の姿があった。
【なぎさ】
「ふぅ…………」
しばらくして、鈴白は竹刀を下ろした。
どうやら休憩に入ったようだ。
【なぎさ】
「ん…………」
片手に持ったタオルで丹念に汗を拭っていく。
【零二】
「…………」
―――運動後のうっすらと蒸気した肌。
―――ちらりと覗く胸元に、零れ落ちる汗。
そのどれもが瑞々しく輝いており、健康的な色香を醸し
出していた。
普段おとなしそうな鈴白の別の一面を見てしまい、思わず
どきっとしてまう。
【零二】
「(いかんいかん! 何を見入ってるんだ俺は……)」
【なぎさ】
「ふぅ……」
再び鈴白が息をついたのを見計らい、俺は声を掛けた。
【零二】
「よ、お疲れさん」
【なぎさ】
「? 芳乃、くん……」
【零二】
「練習熱心だな。いや、この場合だと不良部員になる
のか?」
【なぎさ】
「え…………あー、そうかも、ふふふ」
【なぎさ】
「芳乃くんこそ、どうしたの? こんなところに来て」
【なぎさ】
「―――はっ! もしかして、入部希望っ!?」
【零二】
「なわけねえだろうがっ!」
【なぎさ】
「あ、あはは……だよね」
【零二】
「試合でこっぴどく負ける誰かさんの情けない姿でも
拝見しようと思っただけだ」
【なぎさ】
「わ、ひどい。さては紅葉が言ったのね!」
【零二】
「でも残念ながら、そいつは試合に出るどころか、サボって
自主練に励んでましたとさ」
【零二】
「真面目なのか不真面目なのか、よく分からん部員だな」
【なぎさ】
「しょ、しょうがないじゃない、居ても邪魔になるだけ
だし……」
【なぎさ】
「ああいう練習試合とかって、どうも苦手なの」
【なぎさ】
「本気で剣を握っていない相手に対して、こっちも本気
になれないって言うのかな」
【なぎさ】
「“剣を握る時は、互いの命を
教えられてきたの。だから、どうにもね……」
【零二】
「どこぞの武士か、お前は」
【なぎさ】
「うぅ、変だっていうのは自分でも分かってるよ。でも昔
からそう言われて育ってきたんだもん。今更変えようが
ないよ……」
【零二】
「はぁ……まあ、いいんじゃね。鈴白は鈴白はだし」
【零二】
「俺もかわりにいいもん見れたしな」
【なぎさ】
「へ……いいもんって?」
【零二】
「練習後の剣道少女の光る汗。火照った体。乱れた道着
からチラリと覗く白い胸元―――」
【なぎさ】
「わーっ! わーっ!」
【なぎさ】
「よ、芳乃くんちょっと―――っ!!」
【零二】
「“ちょっと”、何だよ? それだけじゃわからないぞ」
【なぎさ】
「だ、だから、そのっ! え、えっちなのは駄目だよっ」