【龍一】
「…………ッ」

ずるりと滑り落ちる、龍一の濡れた拳を障壁越しに見つめ
陽菜子は怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべた。

【陽菜子】
「……お兄ちゃん、どうしてわかってくれないの?」

【陽菜子】
「陽菜子はもう出られないの……陽菜子はもう、一生
 この鳥籠の中で過ごすしかないんだよ……?」

【龍一】
「…………」

龍一が何事かを呟こうして、その言葉を呑み込む。

想いは全て、この拳に乗せて―――千と一の言葉が届かぬ
ならば、幾千の『魔術(ルーン)』に、その願いを籠めて―――

【陽菜子】
「……鳥籠で飼われていた鳥さんが、お外に出たら
 どうなっちゃうか知ってる……?」

【龍一】
「…………ぐぅッ!?」

鳥籠(ケージ)”から放たれた光の筋が、美しい弧を描き龍一の
肩に突き刺さる。

――――――それは、まるで小鳥のような閃光だった。

龍一の肩に鋭い嘴を突きたてた鳥に似た生物は、龍一の
目の前で魔術粒子(エーテル)と化し見る見る内に溶けて消える。

【陽菜子】
「わかる? ……死んじゃうんだよ」

【陽菜子】
「陽菜子もその子達と一緒なの……鳥籠から一歩外に
 出たら、すぐに消えちゃうの!」

そう。それは陽菜子の想像力とスイート・ホームから
生みだされた、『魔術(ルーン)』によって創られた幻想の小鳥。

どんなに身体の調子がよくても、病院の庭に出ただけで
心身に大きな負担を強いられ続けてきた彼女が想像する
未来の自分に等しい姿だった。